風そよぐ、晴れた海

よいお年を!


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ここ数日SOLのたくまさんに影響され、ギターを弄ってます。

サドルを0.5mmほど削り、弦をMartinの.011~.052からGibsonの.011~.050に交換。エクストラライト(.010~.047程度)だとぺちょんぺちょんと情けない音しか鳴らず、ライト(.012~.054程度)だとちと握力がきつい。なので使うのはいつもその間のゲージ。
これまではずっとマーチンを使っていて、今回もはじめマーチンを張ったが突如気が変わりギブソンに張り替えてみた。
この2つ、大分キャラが違うようで、ギブソンの方が5,6弦が細いせいかシャリシャリ感の強い派手な音が出る。これまで弾いていたようなしっとり感の濃い曲では違和感があるが、今練習している曲や覚えようとしているものにはピッタリだ。
ついでにピックも変えてみた。これまではドロップ型の1mm、先端がかなり尖ったものだった。それをドロップ1mmには変わりないが、先端に若干丸みのあるものにした。それでもドロップ型の中では尖り気味のものだが。
握りの関係かもしれないが、ストロークも丸みのある方が弾き易い。オルタネイト(ド下手ですが)は尖っている方が弾きやすく感じる。音はかなり違う。まぁこの辺りは弾く曲によっても変わってくるだろうし、慣れもあるだろう。何も今「これ!」と決める事も無いと思う。これからも色々試してみよう。

今えーすけさんからいただいたaveさんのMDを聴いている。これがなかなか良い。バラードも「失笑」や「そんな毎日」「好きということ」なんて背中がゾワッとする。自分はどっちかと言うとアップテンポの方が好き(涙が出てしまうのがなんだか恥ずかしいのでそういうことにしてる)だが、バラードを聴いているとaveファンのえーすけさんがSOLにはまったのもよく分かる。aveさんの曲には秋の情景が見える。

全く話は違うが、以前ワタシの谷山浩子好きを知った女の子の友人が遊佐未森さんのCDを貸してくれたことがあった。谷山さんの音楽性に似てるからと言う事だったが、ワタシは「うむむ・・・」。どの辺りが似ているのかが分からない。遊佐さんの曲でいいな、と思う曲はある。でも谷山さんの音楽性とはかなり違うように思えたし、自分の好みとも少し離れているようにも思える。見える情景もまるで違うし、楽器の使い方からして違う。どの音、どのパートを何の楽器でどう表現するか、まずこれがまるで違う。ロストロポーヴィッチとヨーヨー・マ(共にチェロ)程に違う。ところが、ザバダック(こちらもあまり合わなかった)や遊佐さんや谷山さんが同系で扱われている状況も結構目にするし、共通するファンも結構いらっしゃるようだ。

その時はっきり自覚したのだが、ワタシはジャンルや「~系」を意識して聴くことはほとんど無いと言う事。Mr.BIGも聴けば中国琵琶も聴く。箏座も聴けばフォークも聴く。クラシックの指揮者、カルロス・クライバーやアーサー・フィードラーも好き。クラシック好きかと思えばドビュッシーのほとんどはあまり好きではないし、ホルストの「惑星」もあまりピンと来ない。クライバーとフィードラーの音楽性だって対極にある。
昭和歌謡の「港が見える丘」や「星影の小径」をちあきなおみさんがカバーしたものや、「蘇州夜曲」やこれまた「星影の小径」のAnn Sallyのカバーも良い。
サザンやLOVE PSYCHEDELICOも好き。The White StripesもSTEPPENWOLFの「born to be wild」も大好きだ。

要は、好きなものは好き。好きになるのにジャンルなんて関係ない。だから同系と言われるものでもあまり合わないということもままある。逆に全く違う系統、これが好きならこれは苦手だろうというものでも好きになったりもする。そもそも、括りを決めて「俺はこう」とか「これはこう」と決めてしまうのは少々勿体無いような気がするし、人間の好みというものはそう単純ではないようにも思う。商売的には便利だし必要な事だろうけれども。

以上与太話でした。

今年1年は、去年の出会いが実った年だった。去年は付き合っていた人と別れ、その人とは真逆の性格を持つ今の相方と出会った(チャットではずっと前から話していたけれど、リアルで会ったのは去年)。そして、彼女のお陰でSOLという素晴らしく、個性豊かで惚れ惚れするような人間性を持ったバンドにも出会えた。そして今年は、2月に井の頭公園で相方とこういう仲になり、SOLファンの人と親交を深め、夢にまで見たSOL福島ライブに行くことも出来た。学生時代からこれまでの自分が一つに繋がったような1年だった。
実家は多分に問題を抱え、ワタシはその収拾をつけなければならない。元に戻らないならば破壊しなければ次に進む事は出来ない。しかし誰もそれを出来ず放置したまま早12年、皆バラバラになり見て見ぬ振りをしながら放置を続けているが、もう限界が見えている。今の状態でワタシが家を出れば母は一人路頭に迷うことになる。この問題に決着が付きさえすれば、母はこの家で今まで通り生活できる道が開けるし、ワタシや兄も安心して母を支えることができる。ワタシと相方が面倒を見る事だって可能だ(尤もそれは嫁姑問題の危険もあるが^^;)。ワタシと相方の今後を考える上では避けては通れぬ道だし、皆がそれぞれの安息を築く為には誰かがそれをやるしかない。そして、それが出来るのは、唯一全ての状況を把握しておりまた自由が利くワタシしかいない。相方と同じくらい大切なものを破壊しなければならないのは身を切られるような思いがする。これまでその事の大きさに怯え、家を飛び出して福島に住みついたりして逃げ回っていたが、今年になってやっとその一歩目を踏み出す事が出来た。

人の一生は断片ではない。全ては連続した時間の中にある。断片だと思っていたものも、実はパズルのように凸凹があり、やがては一つに集約されていくんじゃないだろうか。
鬼平を見ながらaveさんのMDを聴きながらギターを弾きながら模型を眺めながらふと、そんなことを思った。

よいお年を。


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by kaze_soyogu | 2005-12-30 13:50


自転車をカッコよくカスタマイズ。そしてときどきポタリング。ある日突然シクロツーリストになったりも。


by FucaNeus

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